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2017/06
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Teachers' Influence

わたしの学生時代の授業風景。

東大出身のO先生は、テキストを徹底精読される方だった。進度は毎週15頁ほど。九大出身のY先生は、一学期で一冊の小説を読破された。いずれも、授業中に無作為に当てられた。当てられて「わかりません」と答えるのが恥ずかしくて、予習した。また、自分が答えられなかった質問に、同級生の女子や下級生が正解すると、言いようのない屈辱を感じ、それが悔しくて、ますます予習した。

一冊の小説を一学期で読破し、内容をどれだけ深く理解しているかを無作為に当てて確認する、わたしの授業法。こうして振り返ると、学生時代に受けた恩師の授業の仕方を、知らず知らずのうちに真似ていることに気づく。予習量が多い分、また英語で行っている分、わたしのほうが厳しいかもしれない。

「英文学演習」の受講生たち。今週うまく答えられなかったら、来週挽回すればいい。たとえ質問に答えられなくても、わたしはつゆほども責めない。むしろ、翻訳を読まずに授業に臨んでいることに、感謝している。リピーターには、そのmotivationの高さに、敬意すら感じている。

願わくは、「恥ずかしい、悔しい」という思いを忘れないように。「同級生や下級生に負けたくない。みんなの前で恥をかきたくない」--その気持ちが努力を生み、実力を伸ばす。


20170603 Mt Fuji and Izu Peninsula

(Mt Fuji over Izu Peninsula, 3 June 2017)

I Wonder. . .
今学期の授業では、中国人留学生の活躍が目立つ。「英文学史Ⅰ」では、他を完全に凌駕するほど質の高いプレゼンテーションを流暢な英語で行い、「英文学演習」では、誰よりも深く作品を読み込んで、内容に関するわたしの質問に見事に答える。

かつては、そういう英文専攻生が一クラスに何人もいたものだが・・・。やはり、わたしは夢の見すぎだろうか。「世界と対抗できるような英語力をつけさせたい」「原書で小説を読破する感動を伝えたい」、そんな気持ちに応えてくれる学生はもういなくなったのか。

たとえば、小説の読破を諦め、進度を毎週5ページくらいにしたら、どんなに楽だろう。英語でではなく日本語で授業したら、どれだけ楽だろう。日本のトップ・レヴェルの大学になんか追いつかなくていい。ましてや世界で通用する英語力などめざさなくていい。受講生のレヴェルを引き上げるのではなく、受講生のレヴェルに降りていけばいい。学生同士競わせるのではなく、和気藹々とやればいいじゃないか・・・。そうしたら、「優しい先生」として、少しは人気もあがるかもしれんぞ・・・。

それで本当にいいのか。本当に本当にそれでいいのか。

「英文専攻生たちよ、どうか他専攻生に負けないでくれ」と、わたしがいつも祈りながら授業をしていることを、おそらく誰も知るまい。

20170604 Ehime University, Matsuyama University, and Matsuyama Castle
(Ehime University, Matsuyama University, and Matsuyama Castle--an aerial view, 4 June 2017)
Thank You!
「授業進度を落とせないか」と勇気をもって直談判に来たくだんの学生。その後、まじめに参加している。気持ちを受け止めてくれたのかな? ありがとう。

20170607 Hydrangea in front of Letters Faculty Building
(Hydrangea in front of the Letters Faculty building, 7 June 2017 )

Absentees
じつは、欠席がちな学生に教員側からコンタクトをとることにも、逡巡するところがある。どうも「甘やかし」もしくは「干渉のし過ぎ」に思えてならない。

こちらが学生のためによかれと思ってしたことが何度も肩透かしを食らうことに疲れたせいもある。また、わたしのキャラのゆえに学生との距離を縮められないせいもあるだろう。だが、なによりも、授業に出なければ、単位も取れないし、ひいては卒業もできないことぐらい、自分でわかっているはずと思うからだ。子供じゃないのだから。

ところが、昨今、それでは指導教員の責任が問われるらしい。欠席がちな学生にはメールで様子伺いをする。返事がないときは電話をする。出なければ、親に連絡する。まるで、小・中学生を扱うようだ。しかし、授業出席が疎かになると、休学や退学に至ったり、まれにだが自殺する学生もいる。それを見過ごして社会問題にでもなれば、たいへんというわけだ。

逆ではないのか。大学生と言えばもう立派な大人。悩み苦しみながら自らの生き方を模索していく。自分でしたことの責任は自分でとる。そんな当たり前のことができないことの注意を教員がするのは、行き過ぎではないか。そもそも、学生に対して失礼ではないのか。また、欠席がちな学生たちは、教員からの連絡を歓迎しているのか。授業に出ない、メールに返事をしない、電話に出ないのは、そうしたくない、もしくはそうできない事情があるからではないか。助けが必要なら、何らかの反応を見せるのではないか。そのときにこそしかるべき対応をするのが教員の役目ではないか。

「それでは、間に合わないこともある。一部には精神的に大人になりきれていない学生もいるので、気をつけておくにこしたことはない」。みなさんはどう思われるか。

20170504 Azalea on the Way Home
(Azalea on the Way Home, 4 May 2017)
Goodbye
英文学演習」の授業を批判されるのはいまに始まったことではない。熊大に赴任当初、受講生が極端に少なかったとき(1~3名ほどだったか)、「問題だから、レヴェルを下げるように」と年長の先生から忠告されたことがあった。あのとき思ったことは、「愛媛大の学生にできたことが、熊本大の学生にできないはずはない。こういう状態があと1、2年でも続くようなら、そのときには考えよう」。

だが、じっさいは、それほど待つ必要はなかった。新2年生が進学してくると、いっきょに受講生が増えた。「やっぱり、熊大生は捨てたものじゃない」と、あのとき思った。

あれから20年以上。受講生数は、ピーク時は40名ほどになったこともあったが、何度かの改組の影響を受けて、ここ数年は平均すると10~15名ほどか。学年によって個性が違うので一概には言えないが、挑戦志向の学生のほうがそうでない学生よりもまだ多い印象。その割合が逆転して、そういう状態が1、2年続くようなら、もうわたしの役割は終わりと理解しよう。

20170504 Poppy on the Way Home
(Papaver Dubium, or ナガミヒナゲシ, on the Way Home, 4 May 2017)
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Author:EDFLKU
当研究室の教員です。

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